がん治療は医療費無料!がん保険不要なフランスの医療制度
フランスでは、日本で売られているような民間医療保険やがん保険に加入している人はほとんどいません。その代わりに、90%を超える国民が「補足医療保険」という普段の医療費の自己負担額を軽減する保険に加入しています。
日本と大きく異なるフランスの保険事情、その背景にはフランスの医療保険制度があります。フランスでは、がんになったら全額医療費が無料になりますが、近所の病院に行くとか、歯医者に通ったりするときには日本よりも多くの自己負担額がかかることがあるのです。
具体的に日本とどんなところが違うのか、フランスの医療制度と保険事情をご紹介します。
重病は治療費無料で妊娠にも手厚いサポート!フランスの医療制度
フランスでは、日本の一般的な医療保険のように「入院給付金が1日1万円、所定の手術をしたら5万円」という保障を提供する医療保険に加入している人はほとんどいません。
フランスでは公的医療保険が充実しており、このような医療保険は必要ないと考える人が多いからです。
では、どれほど充実しているのか、その内容を見てみましょう。
医療費の自己負担額は必要性や効果によって異なる
フランスでの外来(通院)治療費の自己負担は原則30%で、日本とあまり変わりません。より多くの医療費がかかると見込まれる入院は20%の自己負担です。
ユニークなのは薬代で、必要性や効果によって自己負担額に差があります。
- 糖尿病、AIDS、がん等のための、高価で不可欠な薬:自己負担なし(無料)
- 抗生物質など重要な薬:自己負担35%
- 急性疾患の薬:自己負担65%
- あまり効果がないとされている薬:85%
必要な薬は無料で、効果がないと見込まれる薬の自己負担率は高くなるというのは、保険の範囲内ならすべて2~3割負担の日本とは、大きく違いますよね。
必要性が高いほど安くなるというのは、患者にとっては合理的ではないでしょうか。
窓口で全額立替払いするのが原則
日本と違う点は他にもあります。日本では、保険証を見せれば病院窓口で払うのは医療費の2~3割ですね。
一方のフランスでは、まずは患者が全額を立て替えて支払い、あとから自己負担分を差し引いた額が返ってくるのが原則です。
また、自己負担率で決まる額とは別に、必ず負担しないといけない定額の自己負担額というものがあります。
- 診療1回:1ユーロ
- 入院1日:18ユーロ
- 精神科の入院1日:13.5ユーロ
- 薬1箱:0.5ユーロ
なんだか日本よりも複雑ですね。さらに、歯科診療などは自己負担比率が高くなっています。
がんになった場合は医療費無料!しかも出産費用も無料です
フランスの公的医療保険制度が日本と異なる点でもっとも特徴的なのは、特定の重病になった場合には、定額の自己負担額を除いて医療費が無料になるということです。
特定の重病というのは、6ヶ月以上の治療が必要で医療費が高額になる病気です。例えば、糖尿病、がん(悪性腫瘍)、腎不全などがあてはまります。
がん保険に入るフランス人がいないというのも納得ですね。
さらに、妊娠や出産にかかる費用についても手厚い保障があるのも特徴です。
- 妊娠6ヶ月~出産後12日:外来時の定額自己負担金も無料
- 出産前4ヶ月~出産度12日:入院時の定額自己負担金も無料
ほぼすべてのフランス人は民間補足医療保険に加入している
日本のような民間の医療保険は普及していないフランス。しかし、フランスに民間保険がまったくないかというとそうではありません。約95%の人が補足医療保険という民間保険に入っています。
補足医療保険は公的保険ではカバーできない自己負担分や、差額ベッド代などの医療費を保障してくれる保険です。共済組合(ミュチュエルと呼ばれる)、労使共済制度、民間の保険会社が販売しています。
ここまで紹介した公的医療制度でも、自己負担額は十分抑えられているように思いますが、補足医療保険加入率が高いのはなぜでしょう。その答えとなる、フランスの医療の特徴をご紹介します。
フランスでは医師のレベルによって診療費が変わる
フランスでは、医師がいくつかのタイプ(レベル、ランク)にわかれており、規定されている診療費以上の医療費を請求できる医師がいます。
社会保障協定医 セクター1 | 原則規定料金で診察、23ユーロ(約3,100円) |
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社会保障協定医 セクター2 | 規定料金以上の請求が可能、パリ市内だと60~100ユーロ(約8,100~13,600円)程度が相場 |
非協定医 | 公的保険の対象外、診察料も自由 |
公的保険で返ってくるお金は、実際にかかった医療費ではなく規定料金の何%という計算方法で計算されます。
つまりセクター1でも2でも返ってくる金額は同じ。規定料金以上の診療費を請求するセクタ-2のお医者さんにかかったら、自己負担額が増えます。
セクター1 (診療費23ユーロ) |
セクター2 (診療費60ユーロの場合) |
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自己負担額7.9ユーロ (約1,000円) |
自己負担額44.9ユーロ (約6,100円) |
一方、日本では、受診時間帯や大病院を受診する際の紹介状の有無によって診療費が変わることはありますが、医師の技量によって診療費が変わることはありません。
補足医療保険があれば受診時の負担が軽くなる
フランスでは、かかる医師によって自己負担額が大きくなることもあるため、補足医療保険で備えているのです。
補足医療保険は保険料(ミュチュエルの場合は拠出金という)によって、保障の手厚さである保障率に差があります。
補足医療保険を使うと、このような計算方法で医療費が保障されます。
=診療費(規定料金)×補足医療保険の保障率-公的保険での保障額-1ユーロの自己負担額
保障率が高い補足医療保険に入っておけば、医療費が高くなった時にも自己負担額が少なく済むので安心というわけです。
このように、フランスの医療保険は公的保険と補足医療保険の2階建てになっています。
日本の民間保険の比じゃない?補足医療保険の重要性
日本も公的医療保険と民間医療保険の2階建ての構造にはなっていますが、フランスとは民間医療保険の役割が違います。
日本の民間医療保険 | フランスの補足医療保険 |
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大きな病気になった時に備える | 普段の医療費の負担を少なくする |
また、日本では民間医療保険は入っても入らなくても個人の自由です。しかしフランスでは、補足医療保険を単なる民間保険ではなくて、公的保険を補完する重要なものだと位置づけているので、ちょっと扱いが違うのです。
低所得者は無料で補足医療保険とほぼ同じ給付を受けられる
フランスで補足医療保険がどれだけ重要視されているのかは、低所得者層への対応を見るとよくわかります。
1990年代のフランスでは、お金がなくて補足医療保険に入ることができない人たちの存在が問題視されました。
補足医療保険は個人の自由で入る民間の保険ですから、入るために自分で保険料(ミュチュエルの場合は拠出金)を払うのは当然です。
そのため補足医療保険に入れず、自己負担が高額になるので病院にいくのを諦めている人がいたのです。
そこでフランス政府は、医療に行くことを諦めないでもいいように、低所得者が無料で補足医療保険とほぼ同じ給付を受けられることを法律で定めました。
補足医療保険が医療を受けるために不可欠なものであり、みんなが収入に関係なく医療を受けられるべきであるという認識がなければ、このような対応にはなりませんよね。
共済組合販売の補足医療保険に政府が介入
さらにユニークなのは、共済組合(ミュチュエル)が販売する補足医療保険についてのルールです。
共済組合は、加入希望者がこれまでどんな病気にかかったかなどの情報を集めることを禁止されていて、健康状態に応じて保険料を設定することもできません。
日本の民間保険会社では、考えられないことです。日本なら、持病があれば保険に入ることができないこともありますし、入れても保険料がかなり高額になるのが当たり前です。
アメリカの「オバマケア」でも保険会社は健康状態に応じて加入を断ったり保険料をあげたりできないことになっていますが、背景は全く異なります。
アメリカではごく一部の人を除いて公的医療保険がなく、民間保険が公的保険の役割を担っています。そのため、健康状態に応じて対応を変えることを許されていないのです。
しかしフランスでは公的保険があるのに、民間保険である補足医療保険に規制をかけているのです。ここにも、補足医療保険が公的医療保険を補完するものとして、すべての人に不可欠なのだという姿勢がよくあらわれているといえるでしょう。
フランスの生命保険Assurance-vieは貯蓄商品
フランスでは、生命保険と日本語訳されるAssurance-vieも人気がありますが、実はこれは生命保険というより貯蓄商品です。
生命保険というくらいですから、もちろん死亡保障もついていますが、資産を増やすための商品としての意味合いが強いのです。
生命保険も、日本とは位置づけが違うようですね。
民間医療保険事情の違いは公的医療制度の違いが理由
日本の公的保険は、普段の病気の自己負担を軽くし、重病になったら高額療養費制度で負担軽減ができます。しかし重病でも無料にまではならないので、公的保険では備えきれない治療費を民間医療保険が必要です。
フランスの公的保険では普段の病気の自己負担額が大きくなることもありますが、重病になったときには医療費が無料です。そのため普段の医療費の負担を軽減する補足医療保険の必要性が高いんですね。
公的保険がカバーしている範囲に合わせて民間保険の役割が変わっているわけです。「公的保険では備えられないところを、民間医療保険でカバーする」というのが民間保険の基本なのだということがよくわかります。