失恋したら寝てしまおう!心の傷を癒すのは時間じゃなくて睡眠だった
友達が落ち込んでいるとき、あなたは次のようなアドバイスをしたことがありませんか?
「時間がたてば解決するよ」
「とりあえず寝れば解決するよ」
”時間”や”睡眠”が心の傷を癒してくれる意味でのアドバイスですが、この2つのうち、実は時間よりも睡眠のほうが心の傷を癒してくれる効果が高いんです。
いつまでもグズグズ落ち込むより、とりあえず寝てしまえば嫌なことを考えずに済み、次の日にはなんだか気持ちもリセットされて新しい自分でスタートできるというもの。
この「とりあえず寝れば解決するよ」というアドバイスはただの気休めなんかじゃなく、なんと科学的根拠まである正しいアドバイスだったことがわかりました。
時間がたてば傷も癒えると思っていた人には驚きの事実ですが、傷を癒やすには時間より睡眠のほうが大切だったという研究発表がありますので、今回はこの結果からご紹介しましょう。
睡眠には心の傷を癒してくれる効果がある実験結果
つらい思い出や悲しい出来事も、時間が経てば徐々に気が紛れてきます。
嫌な気分になったときも「今は時間が必要だ」と考える人もいるかもしれませんが、時間が経つこと以上に、寝ているほうが心の傷を癒してくれる効果が高いことがわかりました。
カリフォルニア大学バークレー校の神経科学者マシュー・ウォーカー氏が率いる研究チームは、心身ともに健全な34人のボランティアを募り、ある実験を行いました。
この実験では被験者を2つのグループに分けて、全員に150枚の写真を見せながら脳の活動をMRIでスキャンし、反応を記録していきます。なお、その写真は12時間の間隔を空けて、同じものを2回見てもらいました。
この写真というのは、他の研究でも一般的に利用されている写真で、キッチンに置いてあるやかんといったごく日常的なものから、事故で大怪我を負った人の目を覆いたくなるような光景まで、人間の感情を刺激するさまざまなものが含まれています。
片方のグループには午前中に写真を見て睡眠を挟まず、その日の夜に再度同じ写真を見てもらいます。もう一方のグループには、夜に同じ写真を見てから一晩眠り、次の日の朝に再度同じ写真を見てもらいます。
その結果、間に睡眠をとったグループのほうが、2回目に写真を見たときの感情の反応がかなり軽いという報告がありました。
また、MRIで脳をスキャンしたところ、感情を司る扁桃体の反応性が大きく減少し、理性的な行動を司っている前頭前皮質の働きが活発になり、感情的な反応を抑えるようになりました。
わかりやすく言うと、寝ることによって感情的に物事を考えにくくなり、落ち着いて行動できるようになったということです。
人間はレム睡眠中にストレスを発散し、心を落ち着かせる
さらに浅い眠りであるレム睡眠時には、脳内である種の電気信号パターンが減少し、その結果ストレス物質が減って前日に受けた刺激への感情的な反応がやわらぐことがわかりました。
人間は睡眠中、深い眠りであるノンレム睡眠と浅い眠りであるレム睡眠を繰り返しています。その中で一般的に夢を見る時間と言われているレム睡眠時に、日中に溜まったストレスを発散し、心を落ち着かせる効果があるというのです。
レム睡眠とノンレム睡眠について詳しくは「記憶は寝ている間に行われる!睡眠時の脳の働きについて」で説明しています。
レム睡眠時には脳のストレスに関係のあるノルエピネフリンという物質が減少することがわかっています。
低ノルエピネフリンという神経科学的に安全な環境で前日の感情的な経験を加工することによって、我々は翌朝目覚めたときにそれらの経験が感情的な意味でソフトなものになり、何とか処理できると感じるようになるのです。
戦争や震災などを経験して思いもかけない大きな心の傷を負い、心的外傷後ストレス障害(PTSDなど)を患った人の中には、この脳の働きがうまく機能しておらず、その結果なんらかの拍子に「フラッシュバック」として非常に強い衝撃とともに追体験することになるとウォーカー氏は考えています。
この研究から、レム睡眠中にストレスと関係の深いノルエピネフリンを抑制するプロセスが正しく解明できれば、PTSDなどの症状が回復に向かう手助けになるかもしれないとのことです。
アメリカのシアトルにある退役軍人省病院から、ある患者に血圧を調整する薬を投与したところ、その影響としてノルエピネフリンを抑制する効果があり、悪夢に悩まされていたPTSD患者が、悪夢を見なくなったという報告がありました。
この結果からもノルエピネフリンという物質を抑制することで、心の傷が癒えるのは明らかです。
夢を見る時間帯であるレム睡眠時に、このノルエピネフリンを減少させることがわかっているため、ウォーカー氏は「夢は私たちに夜通し治療を行ってくれています。夢はその日にあった嫌な出来事を考え過ぎないよう整理して、痛みを和らげてくれる鎮静剤なのです。」と述べています。
レム睡眠をヒントに考案されたPTSDに効果のあるEMDR治療法
夢がPTSDなど、心の病を癒やすことについて説明してきました。しかし、失恋や仕事の失敗、あるいは大切な人の病気や死などで、大きな精神的ダメージを受けてしまった人の中には不眠気味になってしまい、なかなか眠れないという人もいるかもしれません。
そのような場合、PTSDに対して有効な治療法と言われているのが、EMDRです。
EMDRとはトラウマの出来事を思い出しながら眼球を左右交互に動かすことにより、精神的苦痛が和らぐことを発見した治療法です。
EMDRはEye Movement Desensitization and Reprocessingの略で、日本語に訳すと眼球運動による脱感作と再処理法となります。
眼球運動といえば、夢を見ているレム睡眠時を思い出すかもしれませんが、まさにEMDRはレム睡眠時の脳の作用を元にして考案されました。
浅い眠りであるレム睡眠時は、眼球が無意識にグルグル動きまわっています。
そしてこのレム睡眠中には、その日にあった出来事や学習した内容などを記憶として、脳内で整理を行っている時間帯なんです。
EMDRという治療法は、この原理を応用して過去のつらい思い出やトラウマを再処理していくという治療法です。
EMDRの代表的な方法は、次のとおりです。
- 患者につらい思い出やトラウマなど、恐怖と感じる場面をイメージしてもらう。
- 治療者が患者の顔の前で、人差し指を左右に動かし(1秒に2往復)、患者に目で指を追ってもらう。
- 約30往復続けて、最後に患者に対して「どんなイメージが思い浮かびました?」と質問し、考えてもらうのを、1時間ぐらい繰り返していくと恐怖が薄らぐ。
アメリカで治療を受けたPTSD患者は、約85%の確率で症状が緩和し、世界中でも約200万人以上の人が治療を受けています。
問題なく眠れる人は、自然な眠りの中で心の病を癒やしても良いですが、睡眠障害などの問題がある場合は、このようなEMDR治療法を試してみてください。
EMDRは患者への負担も少なく、成功例も多いとても効果のある治療法です。日本EMDR学会のホームページには、治療者としてのトレーニングを修了した専門家が紹介されているので、興味のある方は一度確認してみてください。
嫌なことがあったらとにかく寝てしまおう!
みなさんも実生活から、一晩寝れば気分が落ち着くことは昔から経験したことがあると思います。
しかし「あらゆる傷を癒すのは時間ではなく、レム睡眠である」と語るウォーカー氏に対して、アメリカのボスウェル保健センターで睡眠医療責任者を務めるクールマン氏は、「夢を見ることですべての感情的ストレスが癒されるわけではない」と反論しています。
睡眠中の脳の働きについてはまだまだ謎が多く、睡眠と癒やしの関係についても結論を出すにはまだ時間がかかりそうですが、これまでの経験や実験結果から睡眠に心の癒やし効果があることはほぼ確実だと思います。
大きなこと、小さなことに関わらず、嫌なことがあったときは何も考えずにとにかく寝てしまいましょう。夢が心の痛みを癒してくれますよ。