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東日本大震災後も必死に医療提供を続けた福島県の病院

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2011年3月11日に発生した東日本大震災。福島県では、震災後も医療提供を続けた病院があります。

医療法人社団養高会高野病院は震災後、福島県双葉郡にある唯一の病院として医療提供を続けていました。震災後も1日も休むことなく診療を続けられたのは、高野病院の院長であった高野英男医師の努力があったからです。

福島県立医科大学附属病院では、福島第一原発事故による傷病者に被ばく医療を提供。その後、復興ビジョンの一環として放射線災害医療センターが新設されました。

この記事では、震災後も地域医療を支えている「医療法人社団養高会高野病院」と「福島県立医科大学附属病院」について紹介します。

院長が唯一の医師として診療を続けた高野病院

東日本大震災による福島第一原発の事故以降、福島県双葉郡の唯一の医療機関として医療提供を行っていたのが「医療法人社団養高会高野病院」です。

福島第一原発から22kmの距離にある高野病院は、震災のあった2011年から2016年まで常勤医師がたった1人しかいない状態で、診療を続けていました。そのたった1人の医師は、高野病院の院長でもあった高野英男医師です。

高野英男医師について、詳しく紹介します。

院長として地域医療を支え続けた高野英男医師

福島第一原発の事故後、高野病院のある福島県双葉郡広野町は避難指示区域に指定されました。

それでも高野英男医師は「避難することで命を落とす患者もいる」として、高野病院に残ることを決めたのです。

高野医師は高野病院唯一の常勤医師として、81歳という高齢ながら精神保健指定医や内科医、レントゲン技師、当直医、救急医の1人5役をこなしていました。しかし高野医師は2016年12月、自宅の火災によって急死したのです。

高野医師が抜けた穴は大きく、高野病院は存続の危機に陥ります。その後有志で集まったメンバーにより「高野病院を支援する会」が発足し、高野病院を存続させるための活動が始まりました。

高野病院を支援する会について、詳しく見ていきましょう。

高野病院を存続させるために発足!高野病院を支援する会

「高野病院を支援する会」は高野医師の死後、高野病院を存続するために活動を行っています。活動内容は次のとおりです。

「高野病院を支援する会」の活動内容
  • クラウドファンディングよる寄付金の呼びかけ
  • ボランティア医師、常勤医師の募集

クラウドファンディングとは、インターネット上で支援を呼びかけ、寄付金を募ることができる仕組みのことです。高野病院を支援する会は、高野病院に医師が訪れるための交通費や宿泊費の補助費用として、寄付金の目標金額を250万円に設定しました。

最終的な寄付総額は、目標を大きく上回る894万円にもなったのです。

呼びかけからわずか数日で寄付金の目標額を達成し、上回った額は広野町で実施する「救急患者受入支援事業」などの財源になりました。

災害後も地域の人々や入院患者のため、身を削って地域医療を支えてきた高野医師。

高野医師の人柄やその努力が、多くの人々の心を動かしたのです。

「高野病院を支援する会」による医師の募集で、高野病院を支援するボランティア医師は多く集まりました。高野病院の院長は、高野医師が生前から親交のあった医師により引き継がれ、現在も高野病院の診療は続いています。

医療法人社団養高会高野病院の基本情報
住所 福島県双葉郡広野町大字下北迫字東町21
最寄り駅
(所要時間)
JR常磐線広野駅
(徒歩15分)
公式サイト 医療法人社団養高会高野病院
病床数 約118床

高野病院の職員は「どんな時でも、自分のできることを粛々と行う」という高野医師の意思を受け継ぎ、広野町の地域医療を守っています。高野医師の言葉は今でもなお、高野病院の職員たちの胸に刻まれているのです。

放射線災害医療センターを設立!福島県立医科大学附属病院

福島県立医科大学附属病院には、放射線災害医療センターが設置されています。放射線災害医療センターは、東日本大震災とその後の福島第一原発事故を受け、復興ビジョンの一環として新設されました。

放射線災害医療センターの役割は次のとおりです。

放射線災害医療センターの役割
  • 緊急被ばく医療・原子力災害医療
  • 放射線健康相談外来・検診
  • 情報の発信と共有

それぞれ詳しく見ていきましょう。

緊急被ばく医療・原子力災害医療の提供

福島県立医科大学附属病院の放射線災害医療センターでは、放射線被ばくや放射性物質汚染を伴う外傷・疾病が発生した場合の医療提供を行います。震災時は外来診療を一時中止し、原発事故による傷病者の緊急被ばく医療を提供しました。

有事の際は該当傷病者を受け入れられるよう、常に万全の体制を整えているのです。

放射線健康相談や検診を実施

放射線災害医療センターは公務で原子力災害の危機介入にあたる人へ、長期的な心身面のサポートを行っています。主に、消防・警察・自衛隊などで働く人が対象です。

危険にさらされることの多い職業の人は、精神的にも肉体的にもより強いストレスを感じることが報告されています。

被ばく医療の実施による情報の発信と共有を行う

放射線災害医療センターでは、科学的根拠に基づいた情報提供を行っています。

実際に緊急被ばく医療を施した実績から得られる知識は多く、講演やセミナーなどの活動は多いときで1年間に1000件を超える依頼がありました。

また院内外の医療者や学生に向けて、被ばく医療体制構築・整備のための教育や啓発活動なども行っています。

福島県立医科大学附属病院の基本情報
住所 福島県福島市光が丘1
最寄り停留所 バス停「医科大学病院前」
公式サイト 福島県立医科大学附属病院
病床数 約778床

福島県立医科大学付属病院にはドクターヘリコプターが常駐しています。東北地方では初めて導入され、東日本大震災時も通常体制で活動しました。現在も、福島県唯一のドクターヘリコプターとして活躍しています。

震災後も地域医療を支える!福島県の病院に注目

福島県では東日本大震災での被害にも負けず、医療提供を続けた病院がありましたね。

医療法人社団養高会高野病院が震災後も診療を続けられたのは、院長であった高野英男医師の努力と強い意志があったからです。高野医師の死去後、その意思は病院の職員によって引き継がれて今も医療提供を続けています。

放射線災害医療センターのある福島県立医科大学附属病院では、福島第一原発事故後に緊急被ばく医療を実施。現在でも原発やその付近で働く人へのサポートを行っているんです。

福島県には、震災後も地域医療を支える病院がたくさんあります。

どんな取り組みで医療提供を行っているのか、福島県の病院に注目してみてはいかがでしょうか?